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大阪高等裁判所 昭和30年(ラ)64号 決定 1957年12月05日

抗告人 根岸ミヨ(仮名)

相手方 根岸一夫(仮名)

主文

原審判を左のとおり変更する。

相手方は抗告人に対して、昭和三十年四月一日より、毎月末日までに金弐千五百円を支払わなければならない。

当審における、抗告人の養子離縁、及び金員支払の請求を却下する。

理由

抗告人はまず「抗告人と相手方とを離縁する。相手方は抗告人に対して金三十四万八千二十五円を支払わねばならない」との裁判を求め、その理由として、

抗告人と相手方との養子離縁を正当とする理由は

(1)  抗告人と相手方との養子縁組は、抗告人の職業であつた写真屋を、相手方がやつて行くためになされたものであるのに、相手方はあまり写真屋に努力しないで、ハッタツ飴屋をしようとして失敗している。

(2)  この養子縁組は、抗告人の子孫の継続繁栄を目的としたものではなく、抗告人が相手方と同居して、互に楽しく暮して行きたいためであつたのに、今では別居して互に同居を峻拒している。

(3)  なおこの養子縁組は、相手方が三十才に近い時に行われたものであるから、小さい時から手塩にかけ、かけられた養親子の関係と異り、一度できた溝は深くなつても浅くなるものではなく抗告人は相手方に傷害せられたこともある。

(4)  その他相手方は調停前後には、離縁の申出をしており、あまつさえ「夫婦の寝室をのぞく」と作りごとを流布して、抗告人に重大な侮辱を与えている。

かようなわけで抗告人は相手方と養親子関係を継続する意思はない。

なお左記の金銭は抗告人が相手方と親子として終生暮すことを期待して支出したものであるから、離縁をする以上これが返還を求める。

(1) 金四万八千円 養子ひろう費用

(2) 金一万三千円 嫁の里帰り費用

(3) 金十二万三千六百三十五円 ハッタツ飴開業費

(4) 金十三万三千三百九十円 婚礼費用

(5) 三万円 土地代一部

合計金三十四万八千二十五円

次いで予備的申立として、「原審判を取消す、相手方は抗告人に対して昭和三十年四月一日より、毎月末日までに金弐万円を支払わねばならない」との裁判を求め、その理由として、原審判は「相手方は抗告人に対し昭和三十年四月一日より毎月末日までに金五千円を支払わねばならない。抗告人は相手方に対し、前掲日時より写真現象焼付等のため抗告人方の暗室及び技術室を使用させなければならない」との審判をしたが、抗告人方の暗室及び技術室をもし賃貸するとすれば、少くとも毎月金六千円の賃料を得ることができるのであるから、これより少い金五千円の扶養料を定めたことは、結局扶養料を定めたこととならず、扶養料の額としても不足である。

なお抗告人は右暗室及び技術室を含む建物を、昭和三十年十一月十二日他に売却し又同三十一年二月末までに退去することとなつているので右暗室及び技術室を相手方に使用せしめることは不能である。

もともと抗告人は本件審判の基礎となつた家事調停申立において相手方は申立人に対し、毎月金弐万円の扶養料の支払を求めていたが、調停並びに審判の進行中には養子離縁の請求なし、なお相手方との養親子関係の継続を期待して相手方に対して支出した金銭の返還を求めることに変更したのであるから、原審は家事審判法第二十四条を適用して、離縁の審判をしなければならないのに、扶養料の審判をしたのは、申立てないことに対して審判したものであつて、違法である。

しかし原審が同法第二十四条の審判をしていないから、即時抗告の申立ができないとすれば家事審判規則第九十七条による即時抗告をする、と主張する。

まず抗告人は原審が扶養料の審判をしたのは、申立てないことに対して審判をしたものであると主張するから、案ずるに、本件記録に照すと、抗告人は原裁判所に対し扶養料についての家事調停の申立をなし、調停が成立しなかつたので、家事審判法第二十六条に従い、審判手続が開始されたものである。そして抗告人はその審問において、「自分としては相手方のために支出した、結婚に要した費用十三万円、相手方名義としている山林六畝六歩について支出した三万円、ハッタツ飴に関して支出した約十四万円、昭和二十九年九月より同三十年三月まで、毎月二万円の扶養料一四万円合計四十四万円の損害を賠償してくれれば、相手方を離縁するもやむを得ないと思う」と陳述していることが明白であるが、他に抗告人が離縁及び扶養料以外の金員の支払を求めた形跡は見当らない。そして家事審判手続のような非訟事件においては、その審問における当事者の陳述は、一面その主張たる性質を有するものであるけれども、前示の陳述のみでは到底抗告人が扶養料の請求の申立を養子離縁及び離縁の場合における金銭の返還の請求の申立に変更したものと見ることはできないから、原審が扶養料のみについて審判したのは正当である。

抗告人はこの場合には家事審判法第二十四条を適用して離縁の審判をなすべきものなりというが、扶養に関する処分のような同法第九条第一項乙類に規定する審判事件の調停については、右第二十四条第一項の適用のないことは、同条第二項によつて明かであるから、抗告人の右主張は採用できない。

なお抗告人は当審においても、相手方との離縁及びその離縁を前提として抗告人の相手方のために支出した金銭の返還を求める旨申立てているが、もともとかような請求は、審判事項でないのであるから、審判事件の抗告審である当審においても、離縁及びこれを前提とする金銭の返還を求めることは、許されないものというの外なく、不適法として却下すべきものである。

よつて抗告人の予備的申立である扶養料について検討する。

抗告人提出の戸籍謄本、原審における証人山川正、大山義郎の証言並びに原審及び当審における抗告人、相手方本人の審問の結果(抗告人の分は各一部)を綜合すると次の事実を、認定することができる。

抗告人と相手方とは、昭和二十六年十一月○○日養子縁組をなし、次いで相手方は同二十九年二月○日山本雪子と婚姻をしたものであるが、抗告人と相手方夫婦の間は必しも円満ならず、同年五月より、相手方夫婦は肩書地の現住所に抗告人と別居するに至り、相手方は従前より引続いて、主として観光客を得意として、写真営業を営んでいるものであるが、近時白浜町における写真営業は、アメチヤ写真家の増加に伴い不振に陥つたので、抗告人の出資の下にハッタツ飴の販売をもするようになつたのであるが、その成績は至つて芳しくなく、すでに休業同様の状態にあり、この外フイルムの小売、絵はがきの取次などを兼ねているが、これらの収入を含めて一ヶ月平均金一万五千円を起ゆることなく、夫婦と同三十年三月○○日出生の子供一人の生活費を差引くとやうやく金五千円弱の余裕しかなく、一方抗告人は明治十七年生の老令でやや病弱であり、かつては相手方の結婚費用はもちろん、前示ハッタツ飴の資本の外相手方名義の○○町二千〇〇番地の第六山林六畝六歩の代金七万円中金三万円を支出をしたことがあるが、その後、肩書地所在の所有家屋を昭和三十年十一月○○日金七十八万円で売却し他に目覚しい資産を有しないこと。

なお原審並びに当審における抗告人及び相手方本人の審問の結果に抗告人の主張を参照すると、抗告人と相手方夫婦とは、その後も感情の疎隔甚しく、相手方において抗告人を引取つて扶養する等の方法は、極めて困難なりといわざるを得ないから、相手方は抗告人に対して扶養料を支払うべきものと認むべく、前段認定の事実よりしてその額は一ヶ月金二千五百円をもつて相当とし、これを、昭和三十年四月一日より毎月末日までに支払わなければならない。

原審判は「相手方は申立人(抗告人)に対し、昭和三十年四月一日より毎月末日までに金五千円を支払わねばならない。申立人(抗告人)は相手方に対し前掲日時より写真現像、焼付等のため申立人方の暗室及び技術室を使用させねばならない」としたのであるが、前示認定のように、右暗室及び技術室のある抗告人所有家屋はすでに他人の所有となつたものである以上、相手方はこれを使用せしむることはできないわけである。

そして本件は抗告人のみの抗告にかかるものであるから、当審において抗告人に対し原審判より不利益に変更することはできないが、抗告人の主張と当審における相手方本人の尋問の結果を照合すると、右暗室及び技術室の使用料は一ヶ月少くとも金二千五百円を下らないことは明白であるから、抗告人の相手方に対して扶養料の反対給付として許すべき、右二室の使用に代えて金二千五百円を扶養料より控除し、結局相手方をして抗告人に対し金二千五百円の扶養料の支払をせしむることは、何等抗告人に対して原審判より不利益な決定なりというを得ないこととなる。

従つて原審判はこれを変更せざるを得ない。

以上の理由によつて主文のとおり決定する。

(裁判長判事 大野美稲 判事 石井末一 判事 喜多勝)

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